旧藏内家住宅は明治時代から昭和前期まで筑豊地方を中心に炭鉱や鉱山を経営した藏内次郎作、保房、次郎兵衛の藏内家三代の本家住宅である。本住宅は明治39年(1906)に主屋と応接間棟が建築され、大正5年(1916)の藏内鉱業株式会社設立と同時期に接客施設が大増築された。12畳間の大玄関や18畳2室続きの大広間、10畳2室続きの座敷、煎茶の茶室等が池泉庭園に面して雁行型に配置される。明治期に建設された主屋・応接間棟を中心に、大正期の増築により完成した建物群は、庭園と一体となって炭鉱主に相応しい屋敷構えと室内空間を有する優れた近代和風住宅である。