竹田定直(春庵、1661~1745)は、京都の生まれ。貝原益軒の高弟で、益軒の推薦で福岡藩の儒官となった。朝鮮通信使の応接や、貝原益軒と共に藩命による『黒田家譜』と『筑前国続風土記』の編さんに携わる。天明4年(1784)、その外孫で4代目の定良は創設された藩校修猷館の館長となり、長子良矩・次子定夫・定簡・定猗と館長を継承し幕末に至る。竹田家に伝来した史料は、①貝原益軒先生筆蹟2巻、②他来諸名家之筆蹟4巻、③竹田家代々之筆蹟1巻、④清朝人士之筆蹟1巻、⑤「筑前国続風土記」31冊、⑥「黒田家譜」22冊(正15巻・続6巻)からなる。②は定直と交流のあった荻生徂徠や菅茶山等の文書、④は定猗が長崎遊学の際に交流した中国諸学者の筆蹟である。また、附の「筑前国続風土記」は末永為順が清書し、定直が自筆改訂を加えており、最後の定直校正本と推定されている。竹田家代々の学業と不可分の史料群である。