縦160.5cm、横59.5cm、狩野元信筆と伝える。御影は綱を敷いた上に笏を持って座し、面貌は「怒り天神」、衣冠束帯の姿である。小倉藩2代藩主小笠原忠雄の母永貞院が綱敷天満宮近くの松福寺に寄進したものが同宮に伝来した。この御影の前で酒宴を催すと、御影の顔も赤くなるという。