小倉藩主小笠原家の菩提寺である黄檗宗寺院、広寿山福聚寺に伝わる即非如一(1616~1671)の大小の肖像画2幅。像主の即非は、隠元隆琦の高弟である中国の僧で、小倉藩主小笠原忠真に招かれ、福聚寺の開山となった。本図はいずれも画は喜多元規、賛は即非によるもので、小幅は寛文8年(1668)、大幅は寛文11年(1671)に賛が書されている。特に大幅は、即非の最晩年期に著賛されており、縦約260cmという大きさから見ても稀少なものである。