小倉藩主小笠原家の菩提寺である黄檗宗寺院、広寿山福聚寺に伝わる法雲明洞(1838~1706)の肖像画1幅。画は黄檗宗の頂相を多く描いた絵師、喜多元規によるもので、賛は延宝7年(1679)に法雲により書かれている。像主の法雲は、即非如一の法嗣で、寛文8年(1668)に即非のあとを継ぎ福聚寺の2代目住持となった。