堀越の西端、志位に接する小高い丘に高さ35~111cmの塚12基が南北一列に並んでいる(1基は消滅)。中央の塚には「堀越太郎義長之墓」と刻まれた石碑があり、戦国時代に滅んだ堀越城主及びその12人の家臣の墓と伝えられている。十三塚が築かれた理由として、怨霊慰撫、死者供養、境界指標、鎮護祈念、仏教の十三仏信仰等の説がある。