中村平左衛門(1792~1867)は豊前国小倉に生まれ、文化5年(1808)から安政4年(1857)まで企救郡・京都郡にある各手永の大庄屋を歴任し、安政3年(1856)には小倉藩六郡大庄屋上席を務めた。日記は文化9年(1812)から慶応2年(1866)までの55年間、毎日の出来事を綿密に記しており、政治、治安、租税、凶荒救恤、習俗、行楽、宗教、交通、産業、農林、土木、金融等、内容は多岐にわたる。また幕末期の小倉藩の政治動向とそれらに対応する人々の様相を把握することができる。