天福寺は、行基がこの地に建立した「七福寺」の一つとされ、のちに浄土宗の鎮西上人が住して念仏教化していたが、上人の没後に分骨を祀る霊廟がこの地に建立された。その墓碑のうしろの玉垣とのわずか1m余の空間に本樹がある。主幹は枯れているが、その周辺から約10本の大枝が四方に広がり、かつての老大樹の面影をしのばせている。