南北朝時代、征西将軍宮懐良親王に従って九州に下った五条氏の来歴を物語る古文書群である。五条氏は清原夏野の後裔である良枝が大覚寺統に仕え、その子頼元が延元元年(1336)、後醍醐天皇皇子懐良親王とともに西下した。五条氏は征西府において懐良親王と、後征西将軍宮とされる良成親王を支え、九州南朝方滅亡後もその家系を維持して近代に至った。この間、南北朝時代以降、江戸時代までの史料を現代に伝える。南北朝期の史料は、後醍醐天皇綸旨や後村上天皇書状、懐良親王令旨、良成親王書状等が含まれ、九州南朝史研究において第一級の史料である。さらには、豊後大友氏の書状や羽柴秀吉・毛利輝元・黒田孝高・立花宗茂・加藤清正の書状等、戦国期の文書群も充実した内容を誇る。また、「八幡大菩薩旗」(金烏の御旗)は、後醍醐天皇自らが筆を執り、懐良親王に賜与したと伝えられる。