興国寺は、寺伝によると、嘉暦元年(1326)、大友氏の帰依を得た無隠元晦(むいんげんかい、?~1358)によって天台宗の廃寺を臨済宗寺院として再興したものだという。暦応3年(1340)、足利尊氏の諸国安国寺建立に際し、「安国福城山泰平興国宝覚禅寺」と改称され、安国寺の一に列した。天文13年(1544)、大内義隆によって改宗再興され、天目山興国寺(曹洞宗)となる。本文書は暦応3年(1340)足利直義寄進状や康永元年(1342)足利尊氏寄進状をはじめ、文和2年(1353)大友氏時寄進状、応永13年(1406)大内盛見寄進状、応永19年(1412)足利義持御判御教書、天文13年(1544)大内義隆大府宣等の中世文書、小笠原忠雄寄進状等の近世文書からなる。興国寺の歴史のみならず、地方史研究において重要な史料である。なお、開山堂には県指定有形文化財である法雲普済禅師(無隠元晦)像が安置されている。