重要文化財 美術工芸品

有柄細形銅剣 内行花文鏡 福岡県糸島郡怡土村大字三雲出土

よみがな/ゆうへいほそがたどうけん ないこうかもんきょう ふくおかけんいとしまぐんいとむらおおあざみくもしゅつど
時代/弥生
所在地/福岡市博多区
【指定年月日】
昭和27年3月29日

三雲南小路遺跡は、江戸時代の文政5年(1822)に1号甕棺墓が不時発見され、その後福岡藩士の青柳種信による『柳園古器略考』に発見の経緯と銅鏡や青銅武器類が図示・説明されている。
1号甕棺墓は、江戸時代に掘り上げられており、『柳園古器略考』の記載と昭和50年(1975)の調査で、棺内には有柄細形銅剣1口、中細形銅矛1口、大型鏡である重圏彩画鏡1面、四乳雷文鏡1面、重圏斜角雷文帯「精白」銘鏡1面、重圏「精白」銘鏡2面、連弧文銘帯鏡26面以上と中~大型鏡35面以上で構成される。その他ガラス璧8点、ガラス勾玉1点、ガラス管玉60点以上、金銅製四葉座金具8点が出土し、棺外から有柄式中細形銅剣1口、中細形銅戈1口、朱入小壺1点が出土したとされる。本資料は、聖福寺で保管されていた完形の有柄細形銅剣1口と重圏「精白」銘鏡(内行花文鏡)1面である。 
三雲南小路遺跡は、方形の墳丘墓と2基の超大型の甕棺からは、27cmを超える大型鏡も含めて57面以上の銅鏡、ガラス璧8点、金銅製四葉座金具などが出土し、伊都国王の王墓に相応しい内容であるとともに、伊都国の政治的なステイタスの高さをうかがうことができる。また1号甕棺墓は、武器形青銅器を持つことから男性の被葬者、2号墓は青銅武器がなく、装飾品のバラエティーに富んでいることから、女性の被葬者と推定されている。

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