玄武岩の自然石の上部中央に「バン 金剛界大日如来」、右下に「アク 胎蔵界宝憧如来」、左下に「アク 胎蔵界天鼓雷音如来」の三尊の種子を、無円相で幅広に深く薬研彫りする。大日如来の種子の下に「康永三年八月日」、向かって右下に「接待講衆」、左下に「合廿七人」の銘が刻まれる。さらにその両側には、27人の講衆の人名が刻まれる。康永三は北朝の年号で1344年にあたる。「濡衣塚」ともよばれるのは、「濡れ衣を着せる」の由来となった娘の墓という後世の伝説による。