立花家の菩提寺、梅岳山福嚴寺に伝わる、柳河藩初代藩主・立花宗茂(1567~1642)の肖像画1幅。像主の立花宗茂は、大友家の武将・高橋紹運の長男として生まれ、天正9年(1581)に戸次道雪に請われ養子となる。天正15年(1587)に柳河に入封し、関ヶ原の合戦で西軍に加担したため改易されたが、奥州棚倉に入封したのち元和6年(1620)に再び柳河藩主に復帰した。本図は、絡子を着用した束帯姿の宗茂が、笏を手にして上畳の上に安坐する姿を描いている。上部の賛文は、福嚴寺の前身である梅岳寺の住持によって寛永20年(1643)に書かれている。着賛時期から宗茂没後間もない寛永20年(1643)頃の制作と推定され、現存する宗茂の肖像画としては最も制作時期が古い。