重要文化財 美術工芸品

立花家文書 一、立花家文書(九千百十三通)  附 文書箱 三棹 一、柳河藩立花家文書(五千五百十一通)  附 柳河藩史 十七冊 舊柳河藩史 百冊

よみがな/たちばなけもんじょ たちばなけもんじょ つけたり もんじょばこ やながわはんたちばなけもんじょ つけたり やながわはんし きゅうやながわはんし
時代/室町、安土・桃山、江戸、明治
所在地/柳川市隅町71-2 柳川古文書館
【指定年月日】
平成16年6月8日

立花氏は、豊後大友氏第6代貞宗の子貞載(さだとし、?~1336)が筑前国糟屋郡の立花城主となり立花氏を称したのに始まる。立花鑑載滅亡後は同じく大友氏の一族戸次鑑連(べっきあきつら、道雪)の養子統虎(むねとら、後の宗茂)が同城に拠り立花氏を称した。その後、宗茂は柳河城主となり、関ヶ原の戦いで西軍に味方したため改易となったが、元和6年(1620)、田中吉政改易後に柳河に再入封し、南筑後10万9600石余を領した。
本文書は、立花家所蔵になる家文書と福岡県(県立伝習館高等学校)所蔵になる柳河藩政資料とに分かれるが、本来は柳河藩立花家に一括して伝わったものである。家文書である立花家文書は、立花家の歴史を反映して、①豊臣秀吉から立花宗茂宛の文書、②柳河藩政の確立期における検地の実施、③藩制創出における家臣団の構成、④藩財政や農政などに関する文書などが伝わる。近世文書に注目してみると、①立花氏の出自に関する戸次・大友系図などの系譜関係、②歴代藩主の宣旨、口宣案、位記などの朝廷関係、③将軍印判状や老中奉書などを含む幕藩関係、④近世初期の重要な農政史料をはじめとする藩政関係、⑤近世前期の軍役帳、江戸城普請分担図や寛永14年(1637)12月の島原の乱などの軍役・武芸関係、⑥幕末政局関係に大別される。
柳河藩政資料は、藩校の伝統を引き継ぐ県立伝習館高等学校に移管・架蔵され、伝習館文庫として同校及び伝習館高等学校同窓会によって守り伝えられてきた文書群である。藩政関係以下の累年にわたる諸日記・記録・書状類や地図・絵図に至るまで豊富であり、とりわけ近世中~末期と、明治初期の日記・記録類がきわめて充実している。立花家文書は10万石の大名家文書として典型的、基準的な内容を持ち、近世大名のまとまった文書群として貴重である。

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