寛政年間(1789年~1801年)に、熊野神社近くの皇后峯(こうごうみね)で出土したと伝えられ、須玖岡本遺跡の周辺で出土したと考えられる。この鋳型は、石英長石斑岩製で、弥生時代後期(約1850年前)の広形銅矛を鋳造する際に使用されたものである。この鋳型で祭祀に使用した銅矛を造っていたと考えられる。鋳型は二つに分かれているが、二つを合わせた長さは85.6センチメートルで湯口は袋部側である。